ギターライフ。

東京外国語大学クラシックギター部員が綴る、ギターライフ。

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twitterが我が部でも定着しつつある。これは喜ばしいことだ。
twitterは素晴らしい情報ツールである。人々の関心がより高機能でニーズにマッチしたものに移り行くのが世の理だが、
東京外国語大学クラシックギター部にはブログというものがそれ以前から存在しているという認識を薄れさせるわけにはいかない。そう私は考えた。そう考えた故に衝動的にブログを書いてみようと決意する。

という前置きはさておき、テーマもなく本能のままに文章を連ねることはできないので、「音」というテーマを掲げさせてもらおうと思う。
「音」とは、当然のごとくドレミファソラシドの音である。空気中を振動し、我々の聴神経を刺激する音である。決して中日広島で強肩好守の外野手として活躍した音重鎮選手のことではない。
我々が興じるクラシックギターは、弦を弾くことで音を鳴らす。各フレットを抑えることで音のピッチを自在に調節できる。この音というやつは実に奥が深い。
同じ音程の「ミ」でも、1弦開放の「ミ」と2弦5フレットの「ミ」では音の響きかたや印象が違う。同様に、2弦3フレットの「レ」と3弦7フレットの「レ」も、ピッチこそ同じであるが前者は固くはっきりと、後者は柔らかくぼんやりとした音として聴こえる。
そして、弦のどの部分を弾くか―――サウンドホール寄りかブリッジ寄りか―――によって、たとえ左手で同じ弦とフレットを抑えていても、音の質は変わってしまう。さらには、右手の爪の形、弦に対する爪の角度、などでも音の印象は変化する。もっと根本的なところまで踏み込むと、演奏するギターや弦の個体差で、音が変わってしまう。その原因を物理学的には説明できないので申し訳ない。
クラシックギターをよく知らない人には、「訳がわからないよ」だが、クラシックギターを弾く人にとってはこのようにくどく説明されるまでもないことである。そして、プロアマを問わず、いい演奏、いい音楽を目指すひとにとっては、この音の問題は避けて通れないものである。

いい演奏をするためには、いい音を鳴らさなければならない。「いい音」を強引に定義すると弦のビリつきや爪の当たる音のない、芯の通った遠くまで聴こえる音である。
しかし世の中には「いい音」よりも一つランクが上の、「美しい音」というものが存在する。この場合の「美しい音」とは音重鎮選手のライトからノーバウンドで本塁に放たれる送球が描く美しい放物線のことではない。単音で様々な右手のタッチを試しているときに時折、「こんなの絶対おかしいよ」と言いたくなるくらいの美しい音をギターが鳴らす時がある。その音色の素晴らしさは「いい音」の比ではない。
残念なことに、この「美しい音」を演奏の中で聴く機会はあまりない。自分が演奏を聴いた中で、学生の演奏を聴くと、「いい音」を奏でる人はたくさんいるが「美しい音」を奏でる人はほとんどいない。ひょっとしたら自分が聴いていないだけで、学生レベルの中にも美しい音を奏でる人はいっぱいいるかもしれないが・・・。
念のために言っておくとプロは別である。プロとアマでは修学旅行の土産の木刀とライトセーバーくらいの差があると思う。そして偉そうなことを言ってしまったが、斯くいう自分も演奏の中で「美しい音」を奏でたことは残念ながら一度もない。「いい演奏」ができたこともたぶんない。
しかし一度だけ、「これが美しい音だ」とはっきり思えた音に、学生の演奏で出会ったことがある。それは昨年の某東大東女古典ギター愛好会の定期演奏会で、当時3年のO君が四重奏の中で鳴らしていた音である。「いい音」はたくさん聴けた。しかし、「美しい音」は彼しか奏でていなかった。ちなみに私はO君と個人的な面識がない。どう鳴らしていたか聴きたかったが、おそらく説明してもらったところで彼と同じような形で「美しい音」は鳴らせないだろう。これは自分の個人的な主観にすぎないが、「美しい音」を鳴らす技術はマニュアル化できないものだと思う。

とにかく「音」というものは深い。たかが一音、されど一音。そんなことを最近実感する。「美しい音」を単音で鳴らし、それを演奏で出してみようとするが、できない。そんな毎日である。耳や批評家意識ばかりが高まって嫌になる。しかし、演奏の中で自分が納得できるような「美しい音」を鳴らすことができたら、すごくうれしいだろう。

と、とてつもなく長々とブログを更新して見た。多少ネタに走ったが、自分にしては寒気がするくらい真面目に書いたつもりである。定期的に、エントロピーの崩壊を防ぐためにまじめに文章を書きつらねたくなる。ごめんね。わけわかんないよね。きもちわるいよね。おれもじぶんでなにいってるんだかわけがわからないよ。
幾分抽象的で分かりにくいが、そこは大目に見てもらいたい。

ジョンソン
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